「借家の2つの法的問題」
弁護士 宮崎 祐二

 

はじめに
最近借家の件で、特に相談が多い問題が2つあります。1つは家賃滞納者に対する立ち退きの問題です。もう1つは、建物の明渡しに際して借家人にはどこまで原状回復義務があるのかという問題です。

 

1、家賃滞納者に対する立ち退きについて

 まず、第1の家賃の滞納の問題ですが、どの程度の家賃を滞納すると借家契約を解除できるか、という質問をよく受けます。裁判所は、借地の場合は1年以上地代が滞っても契約解除を認めないこともありますが、借家では3カ月程度の滞納でも一般的に解除を認めます。但し、滞納したからいきなり解除ということではなく、今一度の機会を与えることが必要です。つまり、「家賃を3ヵ月分滞納しているから一週間以内に支払いなさい」ということをまず相手に告げるわけです。これを「催告」といいます。この催告をしても、借家人が滞納家賃を支払わないときに、はじめて解除をすることになります。
 借家契約を解除しても、借家人が居すわっていることがあります。その場合には、裁判をしなければなりません。ここで問題なのは、裁判には時間と費用がかかるということです。時間的には3ヵ月から半年、費用の面では相当高額になります。裁判にかかる費用は、@弁護士費用、A裁判費用、B仮処分費用、C仮処分保証金、D本執行費用の大まかに5つあります。


 まず@弁護士費用です。事件のとっかかりで着手金、片付いたときに成功報酬があります。事件の難易度や相手方が暴力団の組員であるなど、ややこしいかどうかで金額は随分違いますが、着手金は20万円ないし100万円、成功報酬は30万円ないし200万円というところです。

A裁判費用とは明渡しの裁判にかかる印紙代とか切手代などの実費で、10万円前後です。

B仮処分費用とは、本来の明渡しの裁判をやる前に相手方を固定化するための仮処分命令の裁判費用と、その執行費用です。
 
 たとえば、Aという借家人を相手に明渡しの本裁判をして、判決までもらったのに、いざ出て行ってもらおうと現場へ行くと、Bに入れ代わっていたというのでは、Bに対しては判決の効力が及ばないことから、せっかく裁判をしたことが無意味になってしまいます。そこで、本裁判中に借家人がAから入れ代わることを禁止し、仮に事実上入れ代わってもAに対する判決をもってBをも退去させることができる、という効力をもたせる手続きとして仮処分の命令をもらい、裁判所の執行官に現場へ行ってもらって仮処分の公示板を貼ってもらう訳です。
この費用として約20万円かかります。

C仮処分にかかる金員としては、別に保証金があります。あくまで仮の裁判所の命令で、裁判官も本裁判の正式審理なしに、一方の言い分を聞いて判断するわけですから、相手方のために裁判所へ保証金をつみなさいということになっています。
 これは家賃の相場とのかねあいなどによりますが、大体30万円ないし100万円かかります。もっとも、この保証金は本裁判で勝てば全額戻ることになります。

D本執行費用は、借家人がどこまで抵抗するかによって大きく変わってきます。借家人が最後まで抵抗して大量の家財道具を置いたまま居すわれば、相当の人数を用意して立ち退きの強制執行をしなければなりませんから、場合によっては100万円以上かかることもあります。
 私のこれまでの経験では、数年前までは仮処分の際に執行官が公示板を貼りに行くと、びっくりして任意に退去することが多く、遅くとも本裁判の判決が出れば退去していきました。従って、以前ではせいぜい100万円までの費用で立ち退きが完了しました。
 ところが、ここ2〜3年の傾向としては、最後の最後まで居すわるケースが増えてきています。次に行くところがないということでしょうか。
 この結果、Cで戻ってくる保証金を除いても、150万円から300万円かかることもあります。

 


そこで、家賃が何ヵ月分も入らないうえに、それだけの費用や日数をかけるのも ばからしいということで、家主の中には、2つの極端な方向へ走る人が出てきます。


 1つは、何もせずに放っておくというやり方です。
けれども、これでは何年間も滞納したままの借家人を、そのまま居すわらせるだけでなく、他の借家人にも悪い影響を与えます。俗に、悪貨は良貨を駆逐するということわざがありますが、家賃を支払わない借家人に対して「あの家主は何もしない」ということが広がれば、他の借家人もまじめに家賃を支払わなくなってしまいがちです。そうならないように、家主としては滞納者に対しては素早く断固とした対応をとることが大切です。但し、断固としたやり方も一歩間違えると、次に述べるもう1つの極端なケースとなってしまって、やはり問題です。


 つまり、家賃滞納により契約を解除したのだから、借家人はもはや借家を使う権限がない、だから、追い出してよいのだと考えた家主が鍵を勝手に取替え、部屋の中にある家財道具も粗大ゴミなどで処分してしまうという場合です。特に、借家人がサラ金などで多額の借金をして、突然所在不明になったりした場合には、契約書の中に「家主が当
然に借家に立ち入って家財道具などを処分できる」という条項が入っていると、この条項を根拠に鍵の取替えをしてしまおうとするわけです。そこで、私のところにも、こういう条項があるので鍵を取り替えても構いませんよねえ、という確認の相談が来ることがあります。けれとも、これについては弁護士としては、ちょっと待って下さいと言わざるを得ません。
 同じような契約書で、鍵を取り替えて部屋の中のものを借家人に無断で取り出して処分してしまったことについて、平成3年1月29日東京高等裁判所判決は、借家人から家主に対する損害賠償を認めているからです。このような家主の行為を認めてしまうと、世の中が弱肉強食の世界になり、法治国家ではなくなってしまうので、このようなやり方は許せないというのが裁判所の考え方です。つまり、借家の明渡しを強制的にさせることができるのは、あくまでも国家機関だけで、自分で勝手にやるのは許さないということです。これを「自力救済の禁止」といいます。
 これに違反すると、先程の民法上の損害賠償責任どころか、刑事上の住居侵入や窃盗ということで警察沙汰になることもありえます。家賃でさえ滞納する借家人ですから、高利の金を借りるために借家契約書を債権者の担保に入れることも当然予想され、家主がこのような自力救済行為をした場合、借家人の債権者からそこを突っこまれることが十分あり得るので、気をつけなければなりません。
 それでは、家主として家賃の滞納があった場合に、どう対処するのがもっとも賢明な方法かと言えば、早い段階でこまめに督促をすることです。長期滞納になれば、それだけ金額もかさみますから、借家人にとっても支払はより困難になります。そこで一ヵ月でも滞納すれば、分割払でもよいから、次の月の家賃に上乗せして支払うことを約束させることです。
このような交渉は地道な努力がいりますので、不得手な方は上手な管理会社へ借家の管理を任せることも1つの方法です。ともかく予防が大事なのです。

 

次へ