次に、第2の原状回復義務とは、言い換えれば、何も修繕せずに立ち退いたときに、敷金や保証金はどれだけ戻ってくるのか、家主からすればどれだけの金額を返還しなければならないのかということです。
たとえば、100万円の保証金を借家人が家主に預けていて、敷引が40万円とします。借家人が退去した後の老朽化した給排水設備の取替えや、畳の直し、更にはクロスの張り替え等の原状回復費用に50万円かかったとしたら、家主が借家人に返すのは10万円でよいのか、50万円か、それとも60万円なのかという問題です。
これについて、まず、建物の修繕義務は家主と借家人のどちらにあるのか、それとの関係で借家人の原状回復とはどこまでをいうのか、を考えなければなりません。民法第606条では、家主が修繕義務を負担すると定められています。もっとも、一般的な借家契約書では、これと反対に、通常の修繕義務は借家人の負担としています。そこで、このような契約書の効力をどうみるかということが裁判所で争われてきました。昭和43年1月25日最高裁判所判決は、契約書で「修復は借家人がする」となっていても、その意味は家主が修繕義務を負わないということにすぎず、借家人の方に借家を契約当初と同一の状態にする修繕義務があるわけではないとして、家主から借家人への修繕費用の請求を否定しています。また、平成2年10月19日名古屋地方裁判所判決も借家契約書に「畳・襖・風呂釜などの取替えや、小修理は借家人の負担で行う」とか「故意、過失を問わず借家に棄損汚損などの損害を与えた場合は、家主に対し損害賠償を負う」などの特約があったとしても、礼金の授受もあることから(これは関西の敷引に相当しますが)、借家人に修繕義務を課したものとはいえず、また、その損害には借家の通常の使用によって生じる汚損等は含まないとしました。
この結果、畳や襖の張り替え、結露によるクロスや絨毯の張り替えについて、借家人の修繕義務はないとし、ただ、ドアに子供が張ったシールのはがし取りができないため、ペンキを塗り替える費用を借家人の修繕義務つまり、原状回復義務の対象としただけでした。
したがって、最初の問題に対する回答は、ケースバイケースで原状回復費用の中身が何かによって、家主が返還する保証金の額は変わってくることになります。つまり、畳の裏返しや、償却期間の経過した給排水設備の取替えや室内のクリーニングということであれば敷引でまかなうべきで、このような場合には、当初の予定どおり60万円を返還することになります。
反面、故意に傷つけたとしか思えない柱の傷などの修繕費用であれば、敷引と別に保証金から差し引くことができます。その分の費用が20万円ということであれば、返還する保証金は40万円になります。
なお、建設省の委託を受けた財団法人不動産適正取引推進機構では、平成10年3月に敷金返還についてのガイドラインを作成し、「通常の使用による損耗」と「借家人の使い方で生じた損耗」とを区別し、通常使用については敷金から差し引くことは出来ず、使い方で生じたものについては、差し引くことを認めることにしています。この内、通常使用によるものとしては、家具の設置による床やカーペットのへこみ、クリーニングでとれる範囲のタバコのヤニがあり、使い方で生じたものとして、ペットがつけた傷、引っ越し作業中にできた引っかきキズなどがあります。
いずれにせよ、修繕義務や原状回復義務は、それぞれの状況によって、1つ1つ異なりますので、建物の明渡しに際しては、お互いに十分検査して、金額についても納得することが大切です。
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